絹本(けんぽん)とは、書画や文書を制作する際に使う絹の布地や、絹の布地を使って制作された書画作品のことです。作品を制作するときは、絹の布地のなかでも絵を描くのに適した「絵絹」を使います。絵絹はハリがあり、紙と比べるとゴワゴワとした手触りなのが特徴です。裏側から彩色を施したり金・銀箔を押したりと、幅広い表現ができます。古代中国で紙より早い時期に開発されたと言われており、日本では平安時代から鎌倉時代にかけて、絹本の使用が主流になっていきました。
作品を制作する際は、事前に「礬砂(どうさ)」という液体を、刷毛を使って絵絹の全体に塗っておきます。礬砂とは、液体状の膠にミョウバンを溶かしたものです。絹本には水を吸収する性質があり、いきなり絵の具や墨で絵を描くと滲んでしまいます。せっかく描いた作品が台無しになるのを防ぐため、あらかじめ礬砂で絹本の表面を薄くコーティングしておくのです。滲みを抑えられるぶん細かい描写もしやすくなり、繊細で美しい作品が今までにたくさん制作されてきました。
現在は墨で絹本に作品を描いたものを「絹本墨画」、墨以外の色彩を用いたものを「絹本著色(けんぽんちゃくしょく)」と呼び分けています。代表的な作品は、横山大観の『絹本墨画生々流転図』や伊藤若冲の『絹本著色動植綵絵』など。『絹本墨画生々流転図』は国の重要文化財に、『絹本著色動植綵絵』は国宝に指定されています。いずれも絹本ならではの柔らかい雰囲気と発色のよさを感じられる、日本を代表する優品です。