北大路魯山人とは、陶芸、書、絵画、漆芸、美食などさまざまな分野で活躍した、昭和を代表する芸術家のことです。北大路魯山人は、1883年に上賀茂神社の社家のもとに生まれました。版籍奉還や世襲制の廃止による混乱の影響を受け、不遇な幼少期を送り、いくつもの養家を転々としながら独学で書や篆刻を学びます。
20代で頭角を現すと、会員制の「美食倶楽部」や、伝説的な高級料亭「星岡茶寮」を主宰するようになります。北大路魯山人は料理を振る舞うなかで「既存の器では自分の料理に満足できない」と考え、自ら作陶を始めました。晩年は鎌倉の山崎に「星ヶ岡窯」を築き、亡くなるまで創作に没頭したとされています。
北大路魯山人は作陶をする際、料理と器が互いを引き立て合ってこそ一つの芸術になるという考え方をもとに、制作を行っていました。「食器は料理の着物」は、北大路魯山人の芸術哲学を象徴する言葉として知られています。
北大路魯山人の作品の特徴は、特定の流派に固執せず、織部、志野、備前、信楽など、日本古来の伝統的な陶磁器を自由に再現・再構築しているところです。大胆かつ奔放な筆致による絵付けや、土の生命力を活かした造形を施しており、実用性と芸術性を高度に融合させているのが見どころです。
代表的な作品としては、桜と紅葉を配した『雲錦鉢』、豪快に歪ませた形と釉薬の鮮やかな発色が印象的な『織部俎板皿』、椿の花を大胆に描いた『椿鉢』などが挙げられます。

