カミーユ・ピサロ

カミーユ・ピサロとは、フランスの印象派の画家です。1830年に、当時デンマーク領だったセント・トーマス島で生まれました。1852年から1854年までは画家のフリッツ・メルビューの誘いでベネズエラを旅行し、1855年に画家を志してパリに出ました。パリではモネやセザンヌなどと知り合い、1859年にサロン・ド・パリに初入選しました。

1870年になると普仏戦争の影響を避けるため、ロンドンに拠点を移します。1872年からはフランスのポントワーズに住み、その後はモネ達とともに独自のグループ展開催を計画し、1874年に第1回印象派展を行いました。晩年は目の病気が悪化しましたが作品の制作は続け、1903年のパリで亡くなりました。生涯で制作した油彩画の作品数は、1300点以上にのぼります。

カミーユ・ピサロは全8回開催された印象派展にすべて参加した唯一の画家で、印象派と後期印象派の両方で活動しました。性格は温厚で、個性豊かな印象派のメンバーのまとめ役のような存在だったようです。

彩色の豊かさと筆致の大胆さが特徴で、日常風景をテーマにした作品を多く残しています。光と影を繊細に表現しているのも特徴のひとつで、美しい彩色と細かい光の当たり方のバランスが絶妙な作品がたくさんあります。

カミーユ・ピサロの代表的な作品としては、1856年制作の油彩画『セント・トーマス島の海岸で話をする2人の女』、パリ近郊にあるモンモランシーという場所の景色を描いた『モンモランシーの風景』、1900年に制作の油彩画『ベルヌヴァルの眺め』などが挙げられます。