ジャンミシェル・バスキア

ジャン=ミシェル・バスキアとは、1960年にニューヨーク市ブルックリンで生まれたアメリカの画家のことです。ハイチ系移民の父と、プエルトリコ系移民の母の間に生まれたハイチ系アメリカ人で、グラフィティ・アートから着想を得た作品を制作しました。影響を受けた芸術家として、サイ・トゥオンブリーが挙げられます。

幼い頃から母に連れられてニューヨーク近代美術館を訪れるほか、自分でも絵を描くなど、芸術に触れる機会が多くありました。17歳頃から地下鉄やスラム街の壁にスプレーで絵を描くようになり、高校を中退した後はTシャツやポストカードを売りながら生活していました。スプレーで描いた絵が評価されるようになると、ニューヨークで個展を開くようになります。

1983年にアメリカの芸術家アンディ・ウォーホルと知り合い、作品の共同制作もします。しかし1985年に開催した共同の展覧会の評判があまり良くなく、2人の関係に距離が生まれました。しかし、距離はできたものの、その後もお互いを刺激し合う関係は続いていたようです。

ただし、ジャン=ミシェル・バスキアは薬物を使用するようになり、依存症に陥ってしまいました。アンディ・ウォーホルが亡くなるとさらに依存傾向は強くなり、1988年に薬物の過剰摂取により、27歳の若さでこの世を去りました。ジャン=ミシェル・バスキアの生涯は1996年に『バスキア』という題名で映画化され、ストリートアートを美術界の主流分野に押し上げた人物として、現在も評価されています。