「この絵、誰が描いたものか分からない」
相続や片付けの場面で、こうした作品が出てくることは珍しくありません。作家名が分からないと、売れるのかどうか以前に、相談すること自体をためらってしまう方もいます。しかし結論から言えば、作家名が分からなくても相談は可能です。むしろ、作家名が分からないからこそ、作品を傷めず、情報の手がかりを整理して、落ち着いて確認していくことが大切になります。
ここで注意したいのは、ネット検索や自己判断だけで無理に特定しようとして、作品に手を加えてしまうことです。額を分解したり、汚れを落とそうとしたり、サインをなぞったりすると、作品の状態や情報が損なわれ、後悔につながる可能性があります。この記事では、初めての方でも無理なくできる範囲で、作家名の手がかりを見つける方法と、相談をスムーズにする準備を整理します。
まず前提|作家名が不明=価値がない、ではない
作家名が分からないと「値段はつかないのでは」と思いがちですが、作家名不明でも市場性があるケースはあります。逆に、有名作家名が書かれていても条件が揃わなければ高くなるとは限りません。絵画の評価は、作家情報だけでなく、作品の状態、来歴、資料、市場需要などの総合判断で決まるからです。したがって、作家名が不明な段階では「価値があるかないか」を決めつけるより、手がかりを整理して判断材料を増やすことが合理的です。
最初に見るべきは「サイン」「裏面」「付属資料」
作家名を探すときに、まず確認したいのは次の3つです。ここを押さえるだけでも、作品の位置づけが見えやすくなります。
■ サイン・落款(表面にあることが多い)
■ 裏面情報(ラベル、番号、書き込み、シール)
■ 付属資料(箱書き、証明書、図録、領収書など)
この3つは、作品の“名札”のような役割を果たすことがあります。重要なのは、無理に解読するより、見える情報を写真として残すことです。
サイン・落款の探し方|見落としがちな場所がある
サインは右下にある、というイメージが強いですが、作品によって位置はさまざまです。見落としを減らすために、最初は「探し方」を決めて見ると効率が上がります。
■ 右下・左下だけでなく、四隅を順に確認する
■ 画面の端(余白やマットに隠れやすい部分)を意識する
■ 日本画や書画の場合は落款(朱印)も探す
■ 署名が絵の具でなく鉛筆で薄く書かれている場合がある
■ 額装の場合、マットに隠れて見えにくいことがある
ここで大切なのは、見えにくいからといって無理に額を開けないことです。額装は保護でもあり、分解は破損リスクが高い作業です。まずは見える範囲で確認し、写真に残すことを優先すると安全です。
サインが読めないときの考え方|「読めるようにする」より「残す」
サインが崩れていて読めないとき、ルーペで見たり、なぞったり、拭いたりしたくなる気持ちは自然です。しかし、サインは作品の一部であり、触れることで状態を変えてしまう可能性があります。読めない場合は、読めるように加工するのではなく、写真を複数枚撮って残す方が安全です。
■ ピントを変えて2〜3枚撮る
■ 正面だけでなく斜めからも撮る(反射を避けるため)
■ サイン部分だけでなく周辺が分かる写真も撮る
写真が増えるだけで、後から確認できる情報量が大きく増えます。
裏面は情報の宝庫|ラベル・番号・書き込みを見逃さない
作家名不明の作品で、実は裏面に重要な情報が残っていることは少なくありません。裏面は、購入先や展示歴、管理番号などが記録されやすい場所だからです。特に額装されている作品は、裏面ラベルやシールが“来歴の手がかり”になることがあります。
■ 画廊名、百貨店名、展覧会名のラベル
■ 管理番号のシール
■ 鉛筆書きの作者名、作品名、日付
■ 「◯◯展出品」「◯◯先生」などのメモ
■ 住所や会社名が書かれている場合もある
裏面情報は、文字が読めなくても写真があれば確認材料になります。無理に剥がしたり、拭いたりせず、まずは現状を撮影することが重要です。
箱書き・黄袋・付属資料|作家名の手がかりが集まりやすい
日本画や掛軸などでは、箱書きが作家名特定の重要な手がかりになることがあります。洋画でも、購入時の箱や袋、画廊資料が残っていることがあります。整理の際に付属資料が別の場所に散らばっていることが多いので、探す範囲を広げる価値があります。
■ 共箱、箱書き、黄袋
■ 購入時の領収書、請求書、納品書
■ 展覧会図録、個展DM、カタログ
■ 作品証明書(COA)
■ 購入先の名刺や案内状
付属資料は「作品そのもの」ではないため捨てられがちですが、査定の説明と納得感を支える重要な材料になります。見つかったら一つにまとめて保管するのが安全です。
よくある落とし穴|ネット検索で決めつけること
サインを検索して似た作家を見つけたとしても、それだけで断定するのは危険です。サインは似ることがありますし、写真の角度や解像度で印象が変わります。ネット情報は参考にはなりますが、断定の材料にはなりにくいことが多いです。特に高額作家の名前が出てきた場合ほど、早合点すると後で気持ちが揺れやすくなります。ネット検索は「候補を持つ」程度に留め、最終判断は作品全体と資料の整合性で行う方が安全です。
やってはいけない自己判断|作品を傷めやすい行動
作家名が分からないと焦りが出やすく、自己判断で行動してしまうケースがあります。次の行動は、作品の価値や情報を損なう可能性があるため避けた方が安全です。
■ 作品面を拭く、薬剤を使う
■ 額装を無理に開ける、裏板を剥がす
■ サインをなぞる、上から書き足す
■ テープや接着剤で補修する
■ ラベルやシールを剥がす(情報が失われる)
■ 状態の悪い箇所を隠すように撮影・加工する
やるべきことは「作家名を当てる作業」よりも、「手がかりを壊さずに残す作業」です。
相談時に揃える写真セット|これだけで確認が進みやすい
作家名不明の相談では、写真の揃え方が非常に重要です。最低限、次の写真を揃えると確認が進みやすくなります。
■ 作品全体(正面)
■ サイン・落款(アップを複数枚)
■ 裏面全体(額裏も含む)
■ 裏面ラベル・書き込み・シール(アップ)
■ 状態が気になる箇所(シミ・カビ・破損など)
■ 付属資料(箱書き・証明書・図録・領収書など)があればその写真
この写真セットは、作家名が分かっている作品にも有効ですが、不明な作品では特に効果が大きいです。
添える文章テンプレ|短くても十分
写真と一緒に、分かる範囲で次の情報を添えると相談が早くなります。長文は不要で、事実だけで十分です。
■ 入手経緯(購入/相続/譲渡/不明)
■ おおよその時期(いつ頃から手元にあるか)
■ 付属品の有無(箱、証明書、図録など)
■ サイズ感(大きめ/小さめ、分かれば縦横)
■ いちばん困っている点(サインが読めない、裏面ラベルがある等)
この情報があるだけで、確認の優先順位が明確になり、やり取りが短くなります。
作家名が分からないときほど「壊さず残す」が正解
作家名不明の作品でも、売却相談は可能です。最初に確認すべきはサイン・裏面・付属資料であり、無理に解読したり分解したりするより、現状を写真で残して情報を整理する方が安全です。ネット検索で決めつけず、作品と資料の整合性を見ながら段階的に確認していくことで、価値の可能性も判断の納得感も高まります。

