柿右衛門(かきえもん)とは、江戸時代初期に佐賀県の有田で生まれた色絵磁器のことです。柿右衛門の技法を受け継ぐ陶芸家「酒井田柿右衛門」の家名として使われることもあります。柿右衛門はもともと筑後の豪族・武士の家系でしたが、龍造寺氏との戦いに敗れ、1582年に人質として現在の佐賀県白石町へ移り住みました。
その後、1596年に初代柿右衛門となる喜三右衛門が誕生します。1643年頃から赤を基調とした顔料で絵付けをした「赤絵物」の生産を初め、次第にヨーロッパへと輸出されるようになります。ドイツのマイセン窯では模倣品が作られ、磁器の発祥地である中国の景徳鎮窯にも影響を与えました。1660年代になるとヨーロッパへ輸出する磁器の生産が本格化し、三代目柿右衛門の頃には大いに栄えたとされています。
柿右衛門の作風は「柿右衛門様式」とも呼ばれ、乳白色の余白を贅沢にとった構図に、赤・緑・黄・青などの鮮やかな色彩で、花鳥図などを左右非対称に描いているのが特徴です。素地は「濁手(にごしで)」と呼ばれ、米のとぎ汁のような柔らかい乳白色をしており、柿右衛門の代名詞になっています。柿右衛門の色絵が最も映える素地とされており、1670年代に完成しました。
しかし、18世紀になるとオランダ東インド会社による輸出量が減少したり、国内の不況の影響を受けたりして、十二代目・十三代目の親子が復活させるまで濁手の技術は途絶えてしまいます。復活した濁手の技術は、1971年に国の重要無形文化財に登録されました。

