瀬戸焼とは、愛知県瀬戸市とその周辺地域で生産されている陶磁器のことです。5世紀前半から須恵器を生産していた猿投窯が起源とされており、1,000年を超える歴史を持つことから日本六古窯のひとつに数えられています。植物の灰を釉薬にして施釉する「灰釉陶器」が生産され、10世紀後半に瀬戸窯が成立したと考えられています。
11世紀末になると、釉薬を使用する技法を一時的に使わなくなり、「山茶碗」という釉薬を使わない日常食器の生産が中心になりました。釉薬を使った陶器が復活したのは、12世紀末ごろです。13世紀末には鉄釉が開発され、16世紀後半になると黄瀬戸や瀬戸黒をはじめ、装飾性のある陶器が生産されるようになります。
桃山時代になると茶器の生産も増え、織田信長が美濃を平定した際には信長に茶入れを献上したとされています。しかし、江戸時代には有田焼に市場を奪われるようになります。19世紀初頭には磁器の生産を本格化し、国内有数の磁器の産地である九州に人を派遣するなどして、品質の向上に勤めました。明治時代には輸出用の華麗な陶磁器を生産し、万国博覧会では国際的に高い評価を得ました。
そんな瀬戸焼の特徴は、素地が白く美しいことと、釉薬・技法の種類が豊富なことです。瀬戸焼の産地の周辺では焼き物に適した土が産出されるため、彩色が映える仕上がりになります。日本の焼き物の代表格として、陶磁器全般を指す言葉である「せともの」の語源にもなりました。

