鍋島焼

鍋島焼とは、佐賀県西部にある大川内山で、佐賀藩(通称:鍋島藩)が生産していた焼き物のことです。大川内山が属する伊万里では、1600年頃から各地で古唐津系の陶器が作られていました。徳川将軍家に献上する陶器も生産されており、大川内山で作られたものは1660年代頃から献上されるようになったと考えられています。

伊万里焼は江戸時代に肥前(現在の佐賀・長崎)で作られた陶器の総称であるのに対し、鍋島焼は将軍家への献上や有力者への贈り物、鍋島家の普段使い用のために、鍋島藩の窯で作られたものを指します。延宝年間(1673~1680)頃には陶器生産の組織や制度が確立して献上品の製作が本格化し、明治3年(1870年)に鍋島藩窯が廃止されるまで生産が続きました。

鍋島焼は将軍家への献上を目的に作られていたため、洗練されたデザインと歪みのない美しい成形を追及しているのが特徴です。規則正しい模様を描いたものから、山水画や植物を描いたものまで、さまざまな陶器が作られました。高台が高く、櫛の歯のような文様を描いているのも、鍋島焼の特色です。

皿の大きさは決まっており、直径1尺(約30cm)・7寸(約21cm)・5寸(約15cm)・3寸(約9cm)の定まったサイズで作られます。絵付けは輪郭線からはみ出ないようにしたり、色を付ける部分には薄い藍色で下絵線を描いたりしており、正確に装飾を施していたことが伺えます。現在は国の重要文化財に指定されているものもあり、静岡県のMOA美術館では『色絵桃花文皿』、福岡県の九州国立博物館では『色絵藤棚文皿』を所蔵しています。